都市伝説「ミキクチ」に迫る~昭和の日本とミッキーマウス~
この記事は
ディズニー関連ブログ Advent Calendar 2018 - Adventar
の23日目の記事です。
みなさんこんにちは。
今年はミッキーマウス90周年ということで
いろんなところからコラボ商品が出たり、盛り上がってますね。
今回はそんなミッキーマウスの歴史に関するお話です。
突然ですが、
みなさんは「ミキクチ」という単語を聞いたことがありますか?
「ミキクチ」というワードでググると例えば以下のような
Webページがヒットします。
ざっくり言うと
・日本では戦時中に英語が敵性語として禁止されていた
・そのため、ミッキーマウスを日本語で呼ぼうとしたところ
訳を間違えてしまった。
・それにより、戦時中の日本ではミッキーマウスは「ミキクチ」と呼ばれていた。
という内容の豆知識、いわゆるトリビアです。
これだけ聞くとへーって感じですが、
実はこの話、かなり昔から伝わっているにも関わらず
明確な物証が見つかっていない、いわゆる都市伝説なわけです。
今回はこの都市伝説を検証していきましょう。
元ネタは?
この話の元ネタはどこなのか?と
探っていくとかなり歴史を遡ることができます。
以前は↓のような本にも豆知識として掲載されていました(という記憶があります。今手元にないので確認できませんが)
ディズニーランド101の謎 (新潮OH!文庫) TDL研究会議 https://www.amazon.co.jp/dp/4102900012/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_8mc5BbJX93TBH
しかし元ネタを探っていくとどうも英語圏に行き着くようです。
今回発見できた中で最も古い記述は1947年(!)
New York Time誌掲載のコラム”That Million-Dollar Mouse"内に
「ミキクチ」の記述があることが確認できました。
90 years ago today: Steamboat Willie debuted. In 1947, The Times called Mickey a "Million-Dollar Mouse". https://t.co/dqTmr1XzwI pic.twitter.com/xCosnaeEhI
— NYT Archives (@NYTArchives) November 18, 2018
また、1968年放送のTV番組"Walt Disney's Wonderful World of Color"
より"The Mickey Mouse Anniversary Show"内でもミキクチに対する言及があります。
このエピソードは日本でも「ディズニーランドストーリー」として
Dlifeなどで放送されていましたので
ご覧になった方も多いと思います。
以下が該当の場面です。
各国で親しまれているミッキーマウスの現地での呼び名を紹介するという流れで
「日本ではミキクチと呼ばれています」と英語音声でははっきり言っています。
(日本語字幕はさすがに違和感があったためか「日本では”ミキクチ”と呼んだ時代も」としてありますが。)
また、新しいところでは2016年にLIFE誌から刊行された特集誌
”LIFE Walt Disney: From Mickey to the Magic Kingdom”にも同様の記述がみられます。
なんだか胡散臭い話だなぁと思っていましたが、
ディズニーオフィシャルの番組や書籍で
こんなに堂々と言い切っているのですからやっぱり当時は使われていたのかもしれないですね。
不安になってきました・・・w
ここはやはり、当時のことを探っていくしかないですね。
というわけで戦前~戦中にかけて
ミッキーマウスはどのように日本に受け入れられてきたか
みていくこととしましょう。
戦前のミッキーマウス
ミッキーマウス短編が日本で初公開されたのは
1929年のこと。
本国デビューからわずか1年後のことです。
「ウォルト・ディズニー・アーカイブス展 公式図録」の
「ディズニーと日本」の年表によると
1929年 ミッキーマウスが登場する4本の映画が初公開
とあり、この年に4本の短編が公開されたことになります。
残念ながらどの短編がいつ公開されたかまでは書いていないのですが・・・(なぜ!)
しかし、当時のことは佐野明子准教授がかなり詳細に調べられていますので
ぜひ以下の論文をご覧ください。
1928-45 年におけるアニメーションの言説調査および分析(佐野 明子)
http://www.ghibli-museum.jp/docs/05%E4%BD%90%E9%87%8E%E3%80%80%E8%AB%96%E6%96%87.pdf
本論も非常に興味深いのですが、
末尾の「映画雑誌リスト」が圧巻でして、
「キネマ旬報」や「映画年鑑」といった当時の映画雑誌から
アニメ映画に関する言及を徹底的に洗い出した資料です。
当時の資料やキネマ旬報から考えると1929年9月12日に
新宿武蔵野館で「ミッキーのオペラ見物」が公開されたのが
日本初公開ではないかと考えられます。
先述のリストからミッキー関連の記述をいくつか抜き出してみましょう。
【MUSASHINO WEEKLY】vol.9 No.38 1929年9月12日
上映順序 無 三 発声漫画 オペラ見物
【キネマ旬報】1929年11月1日号 トーキー覚え書 柳澤保篤 57-58
トーキー漫画を称賛「最近武蔵野館で観た「ミッキーマウス」動物漫画などは堪らなく面白い」
【キネマ旬報】1940年3月1日号 旬報余滴 飯田心美ほか
21 歌舞伎「鳥羽絵」→人間と鼠の掛合がある→
「ミッキイ・マウスの漫画を誰でも連想するだらう
が、「鳥羽絵」の根底に流れる精神はミッキイの
場合より遙かに大人であり、成熟してゐる」
いくつかの表記ゆれはあるものの
1929年当時からほぼ「ミッキー・マウス」で固定されてますね。
どちらかというとウォルト・ディズニーの
表記ゆれの方が激しく、
・ワルト・デスニイ
・ワルト・ディズニイ
等々、発音しづらそうな表記がw
さて、1929年に日本デビューを果たしたミッキーマウスですが
1930年代には日本でも大きな人気を獲得します。
日本人は戦前からミッキーマウスがお好き?
— 谷山義彦 (@jemappellety) April 19, 2014
※画像は『大阪朝日新聞』1931年11月22日付、朝刊7面。 pic.twitter.com/y7V7ZXH61a
当時、カートゥーン=漫画映画は子供向けの娯楽として日本の大衆生活にも十分に
なじんでいたと考えられます。
特に1936年はネズミ年だったこともありミッキーのイラストが新聞紙面なども飾ったようです。
1936年の元旦に掲載された、34歳のウォルト・ディズニーが描いたミッキー・マウスの年賀状。
— Shinichi Ando (@andys_room) November 18, 2018
#ハッピーバースデーミッキー pic.twitter.com/QJVN5sjJUK
また、以下の論文からもわかる通り、「ミッキー忠助」をはじめとする、
ミッキーを真似た、あるいは影響を受けた日本の漫画キャラクターも
1930年代には多数見られます。
文化交流としての海賊版‐日韓漫画における表現の共有‐
http://kiyou.kobe-du.ac.jp/wp-content/uploads/2011/10/9_otsuka_2011.pdf
アメリカンカートゥーンにおいても、
ミッキーの登場以降、ミッキー似のキャラクターが多数出現しましたが、
同じことが日本の漫画界でも起こっていたといえるのではないでしょうか。
デビューからわずか10年たらずでミッキーマウスが世界を席巻してしまったことがわかります。
さて、本題に戻りますが
今まで見てきた中でもやはり当時の日本において
ミキクチという表記は1件も見られませんでした。
むしろ1930年代には「ミッキーマウス」というキャラクターが日本に定着していたことがわかります。
元の「ミキクチ」の都市伝説 によると戦時中の表現規制(いわゆる敵性語)によるものとありますので、戦争が激しさを増した1940年ごろに使われていた可能性はまだ残っていますが、1930年代の定着っぷりを見ると1940年代に入っていきなり「ミキクチ」になることはやはり考えづらいと思います。
決定的証言
そして、今年の11月に発売されたキネマ旬報では
なんと、あの手塚治虫先生によるコラムの中で「ミキクチ」が言及されていました。
キネマ旬報 2018年11月上旬特別号 No.1793
https://www.amazon.co.jp/dp/B07HSLVBTN/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_3W4hCb3MYRV8Y
(前略)ミッキーにはいろんな思い出があるが、笑い話を一つ。
アメリカの出版社のミッキーの紹介の本に、世界各国のミッキーの呼び名の表が出ていた。で、日本ではなんと呼ぶのか?「MIKI KUCHI」なのだ。
ミキ・クチってなんだ? 日本でそんな呼び名なぞ使うものか。
はい、バッサリ否定されていました。
ディズニーマニアとして有名で、かつ戦時中の現状も知っている手塚先生の貴重な証言ですね。
ここまでの検証と合わせて「ミキクチ」という呼称は
当時は使われていなかった、でファイナルアンサーだと思います。
デマの出どころは?
じゃあ、これがデマだとして どこから出てきたものなのでしょうか?
先ほどのコラムには続きがあります。
(承前)僕は頭をひねって考えた挙句、謎が解けたのである。
この日本名を編集氏に教えたのは在米邦人の誰かに違いない。
編集氏はきっとその日本人に「マウスって日本語で何と言う?」とかなんとか訊ねたのであろう。たぶんその日本人は(中略)MOUSEをMOUTHと聞き間違えて
「それはクチだ」と教えたに違いない。
この手塚先生の推測通り
こちらのデマはやはり英語圏から出てきたものだと推測します。
冒頭に挙げたLIFE等の記事もそうなのですが、
英語圏のミキクチに関する記述をよく読むと
そこには戦時中うんぬんの記述はなく
各国語でミッキーマウスは何と呼ばれているか?という
文脈の中でしか登場しないんですね。
イタリアでは「トッポリーノ」、スウェーデンでは「ムッセピッグ」、そして日本では「ミキクチ」・・・といった具合です。
なので、1947年以前にどこかの本に書かれたいい加減な記述が
2016年に至るまで50年以上何の検証もされず、英語圏では定番のトリビアとして長い間生き残ってきたということになります。
今回のまとめ
・「ミキクチ」の実際の用例はゼロ!
・手塚治虫先生も否定しているのでデマでほぼ確定。
・確認できた範囲でデマの初出は1947年以前、英語圏と推測される
・英語圏では50年以上、現在も生き残っている息の長いデマ
というわけで、検証の結果「デマで(ほぼ)確定」でした。
皆さんもフェイクニュースには気を付けましょう。
まあ、今回の件はディズニー公式もやらかしちゃってる訳ですが・・・。
ドヤ顔でこのトリビアを披露する人を今後見かけたらそっとこのブログを見せてあげてください。
あ、もしも「ミキクチの実際の用例を見つけた」という方が
いらっしゃいましたら是非教えてください。
それでは。